日記・思った事
 27, 2018 19:06

オシリと露天風呂

先週末、秋田から戻ってくる日のことである。
今回も雪かきありがとねー、とは言わないけれど、父が近くの温泉に車をだしてくれた。
夏場なら歩いていく距離だが、今はまだ冬道。ありがたく温泉にGOGO。

平日の午後ともなると、日帰り共有お休み場は、マダムたちの社交場。
夕方近くなってきて、お帰り前のひと風呂マダムで賑わっていた。
でも混み合ってるってほどではなく、いい感じに湯船に浸かれば会話もでてくる。

わたしは露天風呂が大好きだ。
たとえ吹雪で、5分でアタマの上に雪が積もろうが、かならず露天風呂にいく。
しかも(実家)ご近所ということで、行き慣れているお風呂なのに、ヤッてしまった…。

マダムたちとちょこちょこ話をしていて
「んだんだ、それは秋にさぐのか~。こっちは春さ咲くやつだ、ほれ、つぼみっこもおおきくなってー」
ほほー。どれどれ?
と中腰で椿の木のそばまで行き、
「ほんとだー、もうすぐですねー」
と、ニコニコ数歩後ずさり、もとの位置に腰を下ろそうとしたところで、、
!!!!!!!!
私は、露天風呂を取り囲む岩に腰をおろしてしもた。
ちょうど、ちょうど、狙ったように、尾てい骨の先にHIT!
他はどこもあたってないのに、なんでだよー!?

これがまた痛い。
マダムたちに微笑みながら、はあはあしながら風呂をでる。
ちょっとすると、痛みもひいてきたのだが、たまに痛い。そしてその日の夜は、深夜バスでの移動だった…。

帰ってきてお風呂で、ふと自分の後ろ姿をみると、なんと、尾てい骨のまわりが黒くなっておった…(-_-;)



追記
わたしの尾てい骨はもともと少し出っ張っている。
他の人と比べたのは結構大きくなってからだが、あきらかに、先っちょの骨が主張している( ー`дー´)キリッ
なので、デスクワークで椅子に座ってばかりいたため、若干黒ずんでいるのはそうなのだが、
今回の大打撃で更に悲惨なことになった。
尾てい骨がでっぱっている諸君!気をつけてね!そこぶつけるとエライことになるから!!!


日記・思った事
 22, 2018 19:58

100歳間近の祖母から学ぶ事

老々介護の我が実家。
この春100歳になる祖母と、このGWに80歳になる母、実の親子の老々介護。

私も、祖母より体重軽いうちの母がこれ以上痩せないようにと、一昨年ほどからマメに帰省をしている。特に冬場はプラス雪かきというベリーハードモードなので、12月からは毎月帰って母のフォローをしていた。間もなく春になるが、今年はいろんなフォローに帰省回数も多くなる予感だ。

母はもともと落ち着きがないというか、目の前に見えた事象を即処理したい質の人。計画的に動くのは苦手な人なので、帰省時には見える範囲で、出過ぎないように気をつけながら手をだしている。
その母に、つい先日99歳祖母の行動でちょっとした事件があり、母がいきなり不安感に苛まれ始めたので、
「お母さん、プロにどうしたらいいか相談してみようか」
と、祖母がショートステイでお世話になっている施設の方々にアドバイスをもらいに行くことにした。

なるべく母に話しをさせつつ、質問を間に挟んでみる。
結果、母の不安も解消し、施設と自宅での祖母への対応を同じくしていこうということになった。
祖母はボケは大変ひどいものではなく、そろそろ100になる人にしてはまだ介護もしやすい部類らしい。それでも年齢分のボケはすすんできていると、ケアしてもらっている方から伺った。
さらに施設の方から母に、
「実の親子だし色々思いもあるだろうけれど、介護で共倒れしたら周りも心配だから、介護する方にも手放す決断は必要です」
というような事を言ってもらった。わたしの心配も解消した。
母の耳には、たぶん半分しか入っていないんのだと感じたが、まあ言ってもらえたことで少しは母も落ち着いたようだ。ほんとによかった。


1年前ほどから帰省ごとに祖母が小さくなってみえた。
一昨年の夏に祖母が発熱したときは、ダメなのか?と感じたこともあった。
今回帰省し、私が作るご飯をちょこんと座って待っている祖母をみると「食欲あるうちはまだまだだ」と思うと同時に、「人生に幕を引く準備」を感じた。

・寝る時間が長くなった。部屋をのぞくと寝てばかり。
・大好きだった「相棒」もつけるだけで観ていない。
・気にしていた人たちの名前もでてこない。
でもまだまだ元気だw ご飯どころかおやつも喜んで食べる。ひ孫の事も毎回聞いては嬉しそうにするw


祖母、母、父から学ぶ。
老いていくこと、老いることの辛さ、その時周囲はどうあるのか、その先の死を見据えること。
考えると鬱々とするような内容なのかもしれないのだが、
祖母がいつ逝っても「大往生だね」という状態だからだろうか?
私としては、気持ちに波たたず落ち着いた気持ちで、観察し学ばせてもらえていることに感謝したい。